2015年06月11日

ラ・トゥール汐留

ラ・トゥール汐留

ラ・トゥール汐留 天空の世界へ。

地上190M超高層タワーレジデンス。
2階から44階まではUR住宅機構『アクティ汐留』45階から56階までがラ・トゥール汐留となります。
1階部分にはマルエツプチが入っており住人の方々の生活をサポート致しております。
2階部分には医療施設と託児施設も入っており利便性が非常に高いのが特徴です。

全部屋45階以上という超高層フロアの眼前には東京湾の青。
眼下に広がるのは浜離宮の緑。
反対方向には遮る高い建物が何も無いので東京タワーが根元からしっかりと全貌を眺めることが出来ます。

汐 留は江戸時代以前、海辺の湿地帯であったが、江戸幕府の開幕後徳川家康が発令し、三代将軍家光の代に至るまで続いた「天下普請」(諸大名の財力を用いた、 奉仕による城下町建設事業)により汐留の埋立地が完成した。その結果、汐留は周辺の新橋・銀座・築地などと並び、大名屋敷を有する武家屋敷街となった。

そ の後、明治新政府によって屋敷は接収され、1872年(明治5年)日本初の鉄道が横浜との間に開設された際、起点となる新橋駅がこの汐留に建設され、東京 の玄関として華やかで活気のある街となった。しかし、1914年(大正3年)に東京駅が完成し、東海道本線の起点が新橋駅から東京駅に変更されたため、新 橋駅は貨物専用駅に変更された。それからの汐留は、小運送店の集まる貨物ターミナルとして栄えることになる。

1980年頃から貨物列車輸送 に代わってトラック輸送が増えたため、1986年(昭和61年)に汐留貨物駅が廃止された。その後しばらくの間、31ヘクタールにもおよぶ複数の地権者か らなる広大な空き地が手付かずのまま残っていたが、1995年(平成7年)になってようやく、東京都の都市基盤整備と民間のプロジェクトにより再開発がは じまった。

2004年(平成16年)には、13棟の超高層オフィスビルが建ち並び、4つのホテルや数多くのレストラン、ショップなどが地下 通路とペデストリアンデッキでつながる6万人の複合都市として生まれ変わった。東側には浜離宮恩賜庭園をはさんで東京湾、西側は新橋駅から虎ノ門、神谷 町、霞ヶ関の官庁街があり、銀座、築地、臨海副都心にも近く恰好のビジネスロケーションといえる。

現在は六本木ヒルズやお台場と並び、東京の新しい観光名所の一つとなっている。

2011年(平成23年)12月22日に、国から国際戦略総合特区の一つである東京都提案のアジアヘッドクオーター特区区域に指定された。
posted by パッション at 12:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 物件紹介in港区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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